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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)23号 判決 1965年11月30日

原告 大同繊維工業株式会社

被告 国

訴訟代理人 上杉晴一郎 外七名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用に原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、請求原因事実中、左の事実は当事者間に争いがない。

(1)  原告会社がメリヤス等の繊維製品の下請加工を業とする法人で、昭和二四年五月二一日、福島税務署長に対し、昭和二三年一〇月一日から同二四年九月三〇日までの事業年度(本件事業年度という)の所得額につき、その純益額を五四一、一四一円と中間申告し、昭和二四年六月三日法人税一二八、四六六円を納付したこと。

(2)  昭和二六年六月二〇日、福島税務署長は、原告会社の本件事業年度につき大洞栄治名義の簿外当座預金四六六、六八二円と簿外貸付金二、二〇〇、〇〇〇円等の所得の税漏があるとして法人所得額二、六〇六、六八四円法人税額一、五〇八、〇九三円とする更正決定(以下本件更正決定処分という)をしたこと。

(3)  本件更正処分に基づき、その滞納処分として、原告会社主張の日時頃その主張の物件につき福島税務署長が差押えをなしたこと(但し、差押物件が原告会社の全財産か否かは争いがある)。

(4)  原告会社は右決定を不服として昭和二六年七月一七日大阪国税局長に審査を請求し昭和二七年六月三日右請求を棄却されたので同年七月一日福島税務署長を被告として大阪地方裁判所(第一審)に本件更正処分の取消訴訟を提起し、昭和三七年一二月四日大阪高等裁判所(第二審)において本件更正処分を違法として取消す旨の判決がなされ同月二二日確定したこと(なお、昭和三〇年一一月五日大阪地方裁判所(第一審)は被告署長勝訴の判決(ほぼ全面的に本件更正処分を認容した)したことは原告の明らかに争わないところであるから自白したものと看敵される。)

二、ところで、右認定のごとく本件更正処分は昭和三七年一二月四日大阪高等裁判所(第二審)において違法として取消す旨の判決がなされ、同月二二日右判決は確定するに至つた。従つて本件更正処分に基づく本件滞納処分も亦違法といわざるを得ない。しかし福島税務署長(以下単に税務署長という)が国の権力作用に属する課税権の行使として自ら適法なりとしてなした本件更正処分が違法として取消されたからといつて、かかる処分をなし、さらにこれに基づく本件滞納処分をなしたという事実それ自体によつて直ちに税務署長その他国の税務職員に故意(その違法行為であることを知りながら行うことである)、過失(そのことを当然知り得べくして不注意により知らないこと)ありと推断されるべきものではない。

それで本件更正処分及びこれに基づく本件滞納処分をなすにつき税務署長その他国の税務職員に故意過失があつたか否かについて考察しなければならないことになる。

(一)  成立に争のない乙第一号証(本件更正処分取消訴訟の第一審判決)、甲第二号証(同事件の第二審判決)及び原告会社代表者大洞栄治の尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一一号証、並びに証人吉田一男、同伝崎正郎、同半磐男の各証言、原告会社代表者大洞栄治尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、左記(1) 乃至(4) の事実が認められる。

(1)  昭和二五年当時大阪国税局調査部において資本金二〇〇万円以上の法人の課税標準の調査を行つた際、同局職員国税調査官吉田一男、高橋某、山本某の三名が原告会社の経理内容等を調査したこと。

(2)  右調査に当つて、原告会社の本件事業年度の所得(簿外資産)とみられ得るものに、三和銀行福島支店における当座預金四六六、六八二円(本件事業年度末の預金残高、以下単に預金四六六、六八二円という)、及び増資金相当額の貸付金二、二〇〇、〇〇〇円とその未収利息金一〇四、六七六円(昭和二四年四月一日より同年九月三〇日までの一八三日間の日歩二銭六厘の割合による利息)の債権のあることが順次判明して来たこと。

(3)A  右預金四六六、六八二円は、三和銀行福島支店の当座預金口座浪速織物工場代表者大洞栄治個人名義の本件事業年度期末における額金残高であるが、その調査の過程において、

イ、原告会社は大洞栄治が個人で経営している浪速織物工場の額金であるといいながら、右工場の昭和二四年度の収支計算に右額金を資産として計上記載している事実が見当らなかつた(即ち大洞栄治個人の資産に計上されていない)。

ロ、右預金口座は原告会社が設立(昭和三一年一〇月二九日)された後の昭和二二年三月頃に開設されたものとみられ、その出入金も頻繁で本件事業年度の入金総額は二五、〇〇〇、〇〇〇円余に及び且つ原告会社の取引先と見られる業者への出金の多い事実がみうけられた。

ハ、また、本件事業年度当時はメリヤス製品等(原告会社の営業に属する)につき未だ統制が行われており、所謂デメ(規定量の製品を製造後余剰の原糸により製造した製品)による闇取引が頻繁に行われ、その利益金等を個人名義又は架空名義で預金したりなどする場合が巷間においては極めて多かつた。

ニ、その上、以上のような諸点に関連して調査官等から説明を求められた際原告会社は進んで資料を提供するとか、又係官らを納得させるに足る合理的な説明を充分興えるということなどなく、調査に協力的でなかつた。

このような事柄から調査官等及び税務署長は右預金は原告会社の本件事業年度の簿外預金と認めざるを得なかつたこと。

B、右増資金相当額の貸付金二、二〇〇、〇〇〇円とその未収利息金一〇四、六七六円については、

イ、原告会社は、昭和二四年三月二四日資本金八〇〇、〇〇〇円から三、〇〇〇、〇〇〇円に増資し帳簿上同年同月二九日増資額二、二〇〇、〇〇〇円が定期預金八〇〇、〇〇〇円支払手形五〇〇、〇〇〇円、機械七三九、〇〇〇円、車輌運搬具二五、〇〇〇円相当、備品一一、〇〇〇円相当の資産を以て払込まれたように処理している。しかしながら大洞栄治その他増資新株引受人等より原告会社に対し現実に株金の払込がなされているとみられる資料は見当らなかつた。

ロ、右増資に際して、原告会社代表者大洞栄治が個人として他の主だつた株主と共に富士信託銀行から増資株式払込金相当額である二、二〇〇、〇〇〇円を借受け、同銀行に右同額の原告会社名義の預金口座を設定することにより、増資株金の払込を完了したこととし、増資手続完了後直ちに右預金から立替の形式で大洞栄治等の富士信託銀行に対する債務(右借受金)を返済している。そして原告会社の前項イ記載の資産(簿外)を以て増資の払込に振替処理したものである。というのは、原告会社はいずれも各増資新株主等から増資前に逐次引受株式払込金額相当額の借入をなし、これを資金として前項イ記載の資産(簿外)を賄なつたといつていたのであるが、それがそうなら原告会社は右経過事情をその順を追つて、ありのままに記帳し得た筈であり、又記帳すべきであつたのに、その記帳はなく、突如前項イ記載のような帳簿上の処理をしているからである。また遠隔地の株主に郵送すべき増資株式の払込申告書にあるべき筈の折り目がなかつたし、同姓異名の者の印鑑が同一であるとみられるなど増資新株の払込手続が正式に遂行された跡がみられなかつた。

ハ、更にまた当時原告会社代表者大洞栄治がいつていた、如く前項、イ記載の定期預金八〇〇、〇〇〇円の払込の中の同人払込みの五〇〇、〇〇〇円が以前関係していた東海莫大小株式会社より退職した際同会社より大洞栄治が交付を受けた精算金であつて、昭和二二年一二月二日銀行に預入れたものであつたとすれば、大洞栄治が右預入前に同会社より右金員の交付を受けていなければならない筈であるのに、同人が同会社より清算金を受取つたのは昭和二三年一一月九日であるとみられたし、金額も多小異つており結局右五〇〇、〇〇〇円は同会社から受取つた精算金とはみられなかつたし、その出所について納得のいく説明が充分なされなかつた。その他前項イ記載の資産の購入その時期資金源等についてもこれまた原告会社は納得いく説明も充分興えなかつた。

ニ、また当時巷間において、会社は簿外の資産を帳簿にのせるため増資形式をとることが応々にして行われていた。

というような事情から調査官等及び税務署長において、原告会社の増資方法は会社の簿外資産を課税標準の計算上所得に加算されることなく正規の会計帳簿に資産として登載する手段としてなされ、従つて増資後において、大洞栄治等の各増資株主が富士信託銀行から借受けた増資払込金相当額二、二〇〇、〇〇〇円を同人等のために、直ちに原告会社において、自らの預金から立替返済したものでこの立替返済した増資払込金相当額二、二〇〇、〇〇〇円は原告会社の簿外の貸付金となる。従つてこれに対する返済された以後の昭和二四年四月一日以降本件事業年度末たる同年九月三〇日までの当時の銀行利率日歩二銭六厘の割合による末収利息債権一〇四、六七六円が存すると、解せざるを得なかつたこと。

(4)  右(1) 乃至(3) の事実からして原店会社の本件事業年度の所得として、前記預金四六六、六八二円増資金相当額の貸付金二、二〇〇、〇〇〇円及びその未収利息金債権一〇四、六七六円は簿外資産であるとみて税務署長は昭和二六年六月二〇日原告会社に対し本件の更正処分をなし、つづいて、本件更正処分に基づいて税徴収のため税務署長等において、未納者たる原告会社に対し本件滞納処分(差押)をなしたこと。

(二)  ところで、原告は、前記調査官等は、故らに原告会社に損害を被らせ、これを壊滅させる意図を以て当座預金四六六、六八二円及び増資払込金二、二〇〇、〇〇〇円を闇取引による簿外利益金であるかの如くまげて認定のうえ、税務署長に報告し、署長は右報告などに基づいて本件更正処分をなし、更に税務署長等は本件更正処分に基づいて本件の滞納処分をなした旨主張するのである法人税に関し、法人に対するある程度の質問、検査権を有する収税官吏が法人の所得について種々調査するに際し被調査者にとつて多少冷厳さを感ぜしめる如き挙止が時としてあり得ることは頷づけないわけではないが、本件更正処分をなすに至つた事情は右認定事実の通りであつて、原告が主張するような故意によつて本件の更正処分及び滞納処分をなすに至つたという事実を認めるに足る証拠はない。勿論前掲甲第一一号証、成立に争のない甲第二〇号証の一、並びに原告会社代表者大洞栄治の尋問の結果中には原告の主張に副うが如き記載若くは供述が存するが、これらは前記認定の本件更正処分をなすに至つた事情及び後記認定の事実に徴すると容易にその心証を惹かない。成立に争のない甲第三乃至第七号証及び証人吉田一男、同仲磐男、同伝崎正郎の各証言、原告会社代表者大洞栄治の尋問の結果の一部を綜合すると、本件滞納処分として差押えた土地建物、機械器具等については審査請求等もなされていたので公売処分までは行われず、またミシン等の機械類については差押の封緘用紙を機械類の目立たぬ部分に貼り且つそのまま原告会社に保管させて事実上継続使用させていたことが認められる。右事実によれば敢えて公売処分に付さなかつたのみならず、原告会社にそのまま使用させていたのであるから本件の更正処分、滞納処分が故らに原告会社に損害を被らせこれを壊滅させる意図でなされたとは到底窺い得ないところである。

(三)  原告主張の故意の点は右認定の如く認容し得ないところであるが本件は違法な公権力の行使に基く国家賠償を求める訴であるから、さらに過失の点についても判断する。

まず、預金四六六、六八二円について

前記調査官等は預金四六六、六八二円を本件事業年度における原告会社の所得に属するとみるに至つた事情は前記認定の通りである。証人伝崎正郎の証言によると、原告会社は本件更正処分に対し審査請求をなしたが当時(本件事業年度)は織維製品の統制経済時代でこれに違反する闇取引が行われ闇所得は普通会社の預金や帳簿を通したりはしないで、個人名義又は架空名義の預金、箪笥預金したりして、闇取引を操作することが多かつた。それで問題の預金四六六、六八二円(大洞栄治個人の当座預金)の銀行照合表を原告会社に示して、取引の帳簿、原始証拠書類たる領収書、計算書、メモ等を調査するに要する十分な時間として、一ヶ月の時間的余裕を興えて年間二五、〇〇〇、〇〇〇円余の取引回数数百回に及ぶ取引の具体的説明を求めたところ、原告会社、大洞栄治等は、ただ既括的な説明をするだけで具体的な説明をなさず、これに解明する何等の資料の提出もしなかつた。そして審査請求は棄却されるに至つたことが認められる。だから原告会社が審査請求をなしている段階においてすら大阪国税局協議官に対して具体的な説明も、資料の提示もしなかつた以上右預金四六六、六八二円の性質について一応の疑惑を生ぜしめるであろうことは理の当然である。ところが前記調査官等が当初原告会社の経理内容等を調査した際は、証人吉田一男の証言によつて認められる如く、調査中に三和銀行福島支店浪速織物工場代表者大洞栄治名義の普通預金が判明して来たが原告会社はこれに対して、他たる説明をするでなく、又預金の出入が金額的回数的に多いにかかわらず、その金の出入の根拠について大洞栄治自身からも具体的の説明もしなかつたのである。このように、原告会社及びその代表者大洞栄治からも調査に対し協力的なところがなく且つ疑問点について具体的な説明もなかつた情況下において前記認定の事実に基いて前記調査官等がその調査の報告等をなし、又その報告等を受けた税務署長において、右預金を原告会社の本件事業年度における所得に属する簿外預金とみるに至つたのはまことにやむを得なかつたものといわなければならない。果たせるかな、前掲乙第一号証(第一審判決)によると、原告会社は第一審の審理に際して、右預金四六六、六八二円に関して、前記調査の段階における時よりも証拠資料を提出したにかかわらず、右預金のほとんど全部(但し所得計算上益金に算入するのは当該事業年度の資産の増加であるとして、本件事業年度末における残額四六六、六八二円から期首残高一一、六〇一円を差引いた額四五五、〇八〇円が簿外資産)が原告会社の本件事業年度における簿外資産であると認定されるに至つたのである。このように見てくると、本件更正処分をなすにつき調査官等及び税務署長には特に過失(職務上要求される知識経験に従へば当然知り得たのに不注意で簿外資産と認定したという……以下同意に用う)があつたとはいい得ないところである。

ところで本件更正処分は昭和三七年一二月四日言渡同月二二日確定した大阪高等裁判所の第二審判決により取消されたことは前記の通りであるが、同判決(甲第二号証)によれば、前記預金四六六、六八二円に関して、要するに、同預金口座は原告会社の設立(昭和二一年一〇月二九日)以前の昭和二一年三月頃既に開設されていた又右預金口座の取引はすべて大洞栄治の個人取引であつて、その取引先も原告会社の取引先とはみられない、と認定しているのである。そして右預金口座開設の時期についての認定について、「大洞栄治は戦時中から個人で浪速織物工場を経営しており、昭和一九年五月二四日三和銀行福島支店に同工場大洞栄治名義の当座預金口座(口座番号三二〇号)を開設して当座預金取引をはじめていたが右当座預金が昭和二一年二月金融緊急措置令により封鎖預金となつたのにともない、大洞栄治は同銀行との間に右預金取引と同一の約定書により同一名義で自由預金による当座預金取引の口座を開設するに至つたが、これが本件係争の当座預金口座であること、右の本件口座が昭和二二年三月一六日以前から開設せられたものであることが認められる。ところで本件口座がいつ開設せられて、いつから入金があつたかについては、銀行側において昭和二二年三月一六日以前の自由頂金帳簿が見当らないというので、確定した日附をもつて認定することは出来ないが、右自由預金による本件取引口座の開設せられるに至つた経緯ならびに同口座が従前からの約定書を利用して開設された事実に当座預金取引をする商人の営業上の必要をも併わせ考えると右自由預金による本件取引口座は大洞栄治において従来の口座番号三二〇号の当座預金が封鎖預金となつてから間もない頃すなわち昭和二一年三月頃に開設されたものと認めるのが相当である云々」というのであつて右預金口座開設時期についての認定は必ずしも確固たる証拠によつたものとは断定出来ず、相当難渋微妙なものである。また右預金口座の取引はすべて大洞栄治の個人取引であると認定するに至つたのは、第二審に於てはじめて提出された書証等の立証を俟つて始めてなし得られたものとも窺えるところである。果たして然らば、この第二審判決当時における原告会社の立証事情と前記認定の如き本件更正処分当時における資料事情とは同一に論ずることは出来ないところである。又右第二審当時までに提出された書証等の資料を本件更正処分当時に容易に資料となし得たと認められるに足る証拠は何一つ見当らない(前記認定の如く、原告会社、大洞栄治において、調査官等の調査に対し、具体的な説明も与えず、資料の提出についても協力的なところが見受けられなかつた)。このようであるから調査官等および税務署長において本件更正処分当時に調査し得た前記認定の事情の下で、職務上要求される通常の知識経験に従い、いかに注意していたとしても右第二審判決と同一の判断に容易に到着し得たとは到底考えられないところである。従つて、右第二審判決によつて本件更正処分の取消(右預金四六六、六八二円が本件事業年度の原告会社の簿外預金でない旨)がなされたとしても、そのことから直ちに調査官等及び税務署長において右預金を原告会社の本件事業年度における簿外預金と認定してなした本件更正処分につき過失があつたとはいい得ないところである。

次で増資金相当額の貸付金二、二〇〇、〇〇〇円及び未収利息金一〇四、六七六円について、前記調査官等及び税務署長において原告会社が増資した際大洞栄治等新株主が富士信託銀行から借受け、払込手続完了後直ちに原告会社から同銀行に右債務を立替の形式で支払つた増資金相当額二、二〇〇、〇〇〇円を本件事業年度における原告会社の簿外資産としての貸付金とこれに対する未収利息金債権一〇四、六七六円とみるに至つた事情は前記認定の通りである。しかして原告会社が本件更正処分に対して審査請求をなした段階においても、証人伝崎正郎の証言によつて認められる如く増資金二、二〇〇、〇〇〇円の払込に関しては前記認定の事情以上のことは明らかにならなかつたばかりでなく、増資金相当額二、二〇〇、〇〇〇円、預金四六六、六八二円の所得は、当時の原告会社の従業員の稼働日数から見た生産高、電力の消費量消費効率から見た生産高から推計した所得とも大体において近似していたので本件更正処分が維持された審査請求は棄却されるに至つたのである。果たして又前掲乙第一号証(第一審判決)によると、原告会社は第一審の審理に際して増資金相当額二、二〇〇、〇〇〇円の点について前記調査の段階における時よりも証拠資料を提出したにかかわらず第一審判決は立替の形式で支払つた右増資金相当額二、二〇〇、〇〇〇円に関し原告会社の本件事業年度の簿外資産として、増資金相当額の貸付金二、二〇〇、〇〇〇円とこれに対する未収利息金一〇四、六七六円(増資後の昭和二四年四月一日から本件事業年度の期末である昭和二四年九月三〇日までの一八三日間の銀行の貸付利率日歩二銭六厘の割合による利息)の債権とが存すると認定するに至つたのである。このように見てくると、本件更正処分をなすにつき調査官等及び税務署長にこの点に関しても特に過失があつたとはいい得ないところである。

ところで、本件更正処分取消訴訟の第二審判決(前掲甲第二号証)においては、前記増資金相当額二、二〇〇、〇〇〇円に関して、原告会社の本件事業年度の簿外資産としての貸付金二、二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する未収利息金一〇四、六七六円の債権の存在することを認めなかつたのである。そして、この点に関して、「本件増資金に振替処理された原告会社の定期預金八〇万円の源泉は、三和銀行福島支店に対し大洞栄治、稲坂理一、川上未男が各有していた無記名定期預金債権であり、また大洞は昭和二四年三月一一日個人資産たる大洞名義の当座預金より五〇〇、〇〇〇円を引出し、原告会社の支払手形八〇〇、〇〇〇円の内金五〇〇、〇〇〇円の支払にあて、これが前記振替処理にかかる原告会社の支払手形五〇万円の源泉をなしていること、また同様振替処理された機械は昭和二三年一〇月一五日から昭和二四年七月二七日迄に原告会社に購入備付けられたもので右購入資金は大洞栄治が前記個人名義の預金等より支出したもので前記川上、稲坂もこれを援助していたこと、また中小企業においては増資のため、一時に巨額の資本の調達が困難のため増資に先立つ一定期間に将来の増資払込金に引当てる趣旨で遂次新株主より借入金形式で融資をうけ右融資金が増資額に達した際増資手続を完了する方法が巷間行われていることが認められるのであつて、前記認定増資金に振替処理された資産取得の源泉を合わせ考えると、中小企業に属する原告会社も右方法に準じて増資をなしたものであつて、右資産取得の源泉たる前記大洞栄治等の金銭的援助は法律上は原告会社の借入金として処理されるべきものであり、したがつて本件増資を簿外貸付金と認定することはできない」というのであるが、かかる認定に至つたのは第一審判決までに提出された証拠の外に更に第二審において提出された書証及び取調べられた証拠を参酌判断したことに基くものであると窺えるところである。同判決は続いて「もつともかかる方法(前記の借入金を資産化した後右借入金を増資金に振替処理する方法)で増資手続をなす場合には、増資手続完了前においては、右払込金引当に受領した金員は原告会社の借入金として取扱うべき筋合であるにかかわらず、原告会社には右借入金を記帳した帳簿のないことは原告会社(控訴人)の明かに争わないところであり前記増資払込金に振替処理した財産のうち機械については帳簿上右振替処理をした期日の約四ヶ月後に購入したもの一台を含んでいることが認められ、これらの点において会計処理の杜撰を非難されるのは致し方がない云々」といつているところを見れば借入金と称するものについて何等の記帳もなく又、原告会社の会計帳簿上の不正確杜撰さはその指摘する通りであつて、本件更正処分当時は第二審判決当時における原告会社の立証事情に比して著しく資料事情も乏しかつたし、又その処分当時において、又第二審当時までに提出された書証等の資料を容易に資料となし得たと認められるに足る証拠は何一つ見当らない(前記の如く、具体的説明を欠き、調査に協力的でなかつた)、このようであるから、調査官等及び税務署長に本件更正処分当時に調査し得た前記認定の事情の下においては、職務上要求される知識経験に従い、いかに注意していたとしても右第二審判決と同一の判断に容易に到着し得たとは到底考えられないところである。従つて、本件更正処分が第二審判決によつて取消された(本件事業年度の原告会社の簿外貸付金未収利息金債権とみられなかつた)としても、そのことから直ちに調査官等及び税務署長において、本件更正処分をなすにつき過失があつたとはいい得ないところである。

三、前記認定の如く本件更正処分をなすにつき故意、過失の認められない以上、収税官として本件更正処分に基づき税徴収のため未納者に対し滞納処分にたる差押をなすことは当然の職務遂行であるから本件差押処分にも過失は存しない。

四、以上の如く、本件更正処分滞納処分をなすに当つて、被告の公務員たる調査官福島税務署長等ら税務職員にはいずれも故意過失が認められないから、原告会社の被告に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 藤原弘道 福井厚士)

別表(一)ないし(三)<省略>

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